人に無限の可能性なんてない!
部下、後輩の育成をしていて思うんです。「こいつは見込みないなー」と。
個人的には見込みがない人に時間を投下しても、投資対効果が低すぎるので、ある程度以下の人は見きった方がいいと思うんです。
でも、少し部下育成とかかじった人は「人には無限の可能性がある」と思って接しなければダメだみたいなことを言います。これはちなみに、経営の神様、松下幸之助の言葉です。
では、少し考えてみましょう。本当にどんな人であっても、手厚く時間をかけて向き合うべきなのかと。
人には向き不向きがある!
まず考えたいのはここ。「人には無限の可能性がある。だから、ここで頑張っていけばいずれは!」と接していても良いけど、やっぱり人には向き不向きがあるので、向いていないということを理解させて、別の可能性を探る機会を与えることも大事です。
当たり前ですけど、向いていないことよりも向いていることをやっていた方が、活躍できるし楽しく働けます。その場で頑張らせることは、他の可能性を試させないということと表裏一体なのです。
無限の可能性には時間の概念がない!
終身雇用の環境であれば、「その人の成長スピードで、その人なりにがんばる」ということは可能です。ただ、もうそんなスピード感ではないのです。ひとつの職務、ひとつのスキルで食べていける期間はほんのわずか。じっくりゆっくり成長しても、その時にはもうスキルが陳腐化しているかもしれません。
向いていることをやろうよ。その方が早く活躍できるんだから。
育成側のリソースも有限である!
最後は育成側の視点。育成側も無限の時間を持っているわけではありません。育成に避ける時間は限られているのです。であれば、同じ時間を投下して伸びる人に優先的に時間を割くべきではないでしょうか。
とかく、伸びない人は手がかかります。そのくせ成長は遅いので、気を付けないと本来てをかけるべき有望株を放っておく、なんてことにもなりかねません。ドライに見極めるべきです。
以上! 独断と偏見で意見してきました。
見込みがないやつは、さっさと見切るがお互いのためです。あんまり目の前の育成にハマらないように、というお話でした。
人と仲良くなるためには、迷惑をかけろ?
皆さんは人と仲良くなることは得意ですか?
私はそこまで人と仲良くなることが得意ではなく、色々と悩んでしまう方です。そんな自分が最近、人と仲良くなることについてのヒントを見つけたので、少しご紹介します。
「もっと自分を出してほしい」の謎
私が今いる職場は、距離の詰め方がうまい人が多く、すごく仲良さそうに仕事をしています。「楽しそうだな」と思いますし、私もできる限り仲良くする努力をしているのですが、ちょくちょく「なんかまだ殻破ってくれてない感じがする」「もっと自分を出してほしい」と言われたりします。
とは言え、自分としては本音を語っていないわけではなく、出来る限り自分が感じたことを伝えたり、相手への好意を素直に伝えたりしていたのですが、なんとなく距離は埋まらない感じが続いていました。「自分を出すって言ったって、これ以上何をすればいいんだろう」と考えていたんですが、そのヒントが先日見つかりました。
友達は迷惑を掛け合うもの?
きっかけは、中国語の「闺蜜」という言葉を調べたこと。この言葉の意味をググったら、こんな記事に出会いました。
中国は日本よりも「友情」「助け合い」という結び付きが強いです。自分が朋友(中国語で友達という意味)と認めた人には、損得勘定抜きでとにかく尽くします。同時に相手にも同じ事を求めるため、厚い友情の持ちつ持たれつが出来上がります。
ちなみに、中国の人に対して「自分勝手」とか「他人に冷たい」という印象を持つ人もいると思いますが、それもある意味正解。自分の朋友に優しくする反面、それ以外の人は徹底的に他人なので無頓着になります。これが他人に対する接し方の二面性の要因です。
それはさておき、この記事のある文言でビビビと来ました。それはこんな文言。
迷惑をかけた、それでも助けてくれた、だから深い感謝と信頼が生まれます。確かに利用し合うのですが、そこに感謝や信頼といった感情があることも事実です。
そうか! 周りの人が言っていたのはこれだったのか!と一人で膝を打ちました。たぶん今の職場の人たちが言っている「自分を出す」「殻を破る」という言葉の意味は、「もっと迷惑をかけてくれ」「弱いところを見せてくれ」ということなのでしょう。
確かに私は周りの人に嫌われないためにも、なるべく迷惑をかけないように、役に立つように過ごしてきました。でもこれは見方によっては、「周りの人に本心を見せない」「周りの人を信用しない」振る舞いだったのかもしれません。
そんな人と接するときは、迷惑をかけないように、だらしがないところを見せないように、気を張らないといけません。そんな緊張感を与えていたのだと思います。
とはいえ、うまく迷惑をかけるのも難しい!
この発見をしてからは、なるべく頼る機会を見つけたり、飲みの場では少しハメを外したりしてみています。
でもやってみて思いますが、いい感じに迷惑をかけるのも難しいものです。人によって越えてはいけない一線はあるので、そこを探りながら、時に踏み越えながら、やりとりする必要があります。
でもまあ、踏み越えてぶつかりながら、それで仲って深まっていくんでしょうね。まだまだ勉強です。
ということで、今回は人付き合いについての気付きをまとめてみました。「んな小難しいこと考えてるから、仲良くなれないんだよ」と思いながらも、久々にいい学びを得られたなーと思えたお話でした。
書評 アウトプット大全
『アウトプット大全』という本を読んだので、簡単にまとめておきます。
学びを結果に変えるアウトプット大全 (Sanctuary books)
- 作者: 樺沢紫苑
- 出版社/メーカー: サンクチュアリ出版
- 発売日: 2018/08/03
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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書籍というより、ちょっと詳しいNAVERまとめ
この本を端的に言い表すならば、『ちょっと詳しいNAVERまとめ』です。アウトプットの方法を集めました!という企画ですが、内容にあまりに統一性がなく、かつ内容も中途半端に詳しいので、「なんとなく知ったつもりになって終わり」という読後感です。
学びになるビジネス書籍は大体、ひとつの統一メッセージを、具体例で示してみたり、ストーリーで体感させてみたり、『知らせる』ではなく『納得させる』『心に刻み付ける』ことをゴールに書かれています。そんな本を読んでいるときは、著者の思想の世界に浸ることになるので、その思想が体験として自分の頭のなかに残って、深く心に刻み付けられます。
対してこの本は、様々な知識を標本のように並べているだけなので、残念ながら頭に深い爪痕を残せず、さらさらと流れるだけになってしまっています。
言葉を選ばず言うと、読者のための本というよりは、著者がアウトプットするための本という感じです。
ビジネス書を読みはじめの人は、楽しめるかも
ただ、ビジネス書を読み始めたばかりの人は、「色々なテクニックが載っていて凄い!」と感動できるかもしれません。この本がきっかけで、色々な本を読みたくなるかもしれないので、そういった意味では、価値がある本なのかもしれません。
まあ、そういう用途を想定するのであれば、各テクニックに、参考図書とかを表記した方がいいんですけどね。「深く学びたい!」と思った人も、残念ながら学び方がわからず、そのまま忘れていくことになりそうです。
そんな中でも気付きがあった箇所
とは言え、なるほどと思えた部分も少しありました。例えば、「書籍を読んだあとは、誰かに説明する」みたいな話。あとは、「何かについて話すときは意見を混ぜるよう意識しましょう」という話。
たしかに自分は、本当にこれは!と思った本しかアウトプットしないので、なるべく読んだ本は全部アウトプットしてみようと思いました。かつ、まとめではなく、意見も述べてみようとも思いました。
お気づきの方もいると思いますが、これらの学びを得た結果、この記事を書いている、という流れです。
気になったら立ち読みしてみては?
まあ、情報量は多いので、気になったら立ち読みしてみてはいかがでしょうか。いきなり買うのはリスキーだと思います。
個人的には、読んでいて『著者の知識のひけらかし感』が凄くてゲンナリしてしまいました。アドバイザーとかコンサルタントとか名乗りながら、いざ相談してみると、こっちの顔なんて全く見ないで、自分の得意分野を延々を語り続ける人いるじゃないですか。あんな感じです。
あんまり書いているとどんどんヒートアップしてくるので、今日はここで筆を置きたいと思います。
あなたにおすすめの本はこれだ! Vol.2
本日のおすすめはこれ!
私たちはどうつながっているのか?
私たちはどうつながっているのか―ネットワークの科学を応用する (中公新書)
- 作者: 増田直紀
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2007/04/01
- メディア: 新書
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誰におすすめか?
- 人脈づくりに疲れてしまった人
- 人脈づくりが苦手で逃げている人
- 人脈づくりについての本やセミナーを見すぎて、疲れてしまった人
あなたがグッと来るおすすめポイント
少し堅苦しく感じるタイトルですが、人付き合いや、人脈作りに必要な考え方がコンパクトにまとまっています。著者は「複雑ネットワークと脳の理論を研究」している方なので、個人的体験談から導き出された眉唾な理論ではなく、各所の研究結果を基にした骨太な知見が盛りだくさんです。
私も人脈作りの大切さを説いた本をたくさん読んできましたが、この本さえ読んでおけば、大事なことは網羅できます。下手な本読んでいる暇あったら、これを読みましょう。
例えばエッセンスを書き出すと、
- ネットワークは、『異なるコミュニティへの近道(6次の隔たり)』と『身近な安定的つながり(三角形クラスター)』でできている
- 『異なるコミュニティへの近道』は、自分とは違った価値観、情報にアクセスできる利点を持つが、つながりが不安定であり、精神的コストがかかりやすい
- 『身近な安定的つながり』は、精神的安定をもたらすが、広がりがなく、いざというときに情報が狭まる危険性を持つ
- 両者をどの程度のバランスで持つかが、人脈作りの戦略となる。つまり、どのていど安定を求めるか、一方刺激を求めるか、という選択である。そこに正解はなく、自分にとっての満足をめざすべき
- 人脈にもハブが存在し、ハブにはどんどん情報が集まるようになる
- ハブ自体になることは、メリットもありデメリットもあるので、そこも自分の選択
- ハブにはならず、常にハブの近くにいるという選択もある
など。
これらのポイントが、ネットワークの実験や理論を基に語られているので、納得しやすい。そして、うまくモデル化されているので、ある程度どんな状況でも当てはめることができ、応用が聞くと思う。
皆さんの『人脈の戦略』は?
この本を読んで改めて感じるのは、人脈があればあるほど良いというわけではない、ということ。しかし、全く作らないこともリスクが大きい。
この本のように、自分の周りのうまくモデリングして俯瞰して、人脈の健全性を定期チェックするといいと思う。
自分もこの本で、改めての指針を得られた。皆さんは、人脈についてどう考えますか? この本を読んで、考えてみませんか?
「工夫の幅が少ない」と一人で悩んでいる人達へ
昨日、今日と、日中はずーっとMinecraftをやっています。やったことある方もたくさんいると思うので今更ですが、まあ時間が溶けていくゲームです。
過去もやっていたんですが、今回は今までとは少しやり方を変えて、ネット上の先輩方の作品を真似しながら凝った建物を建てています。
そんな作業をしてて思うのは、『工夫はインプットから生まれるなー』ということです。
工夫は独りぼっちではできない
『工夫する』という言葉からは、一人で黙々と考えたり、作業したりする姿がイメージされますが、本当の『工夫する』は一人ではできません。
例えば今回はまっているMinecraftというゲーム内でも、前回の時までは「カッコいい家を建てたいなー」と一人で頑張っていましたが、出来上がりはやっぱり『それなり』で、すぐに飽きてしまいました。「もっといいものを!」とは思いながらも、工夫の手数はいきなり増えません。結局、いつも同じような出来になってしまうのです。
外部からのインプットが、工夫を促す
一方、今回は渓谷の間で小屋を作っているときに、ふわっと『渓谷全体が砦のようになっている、立体的な構造物の絵』が浮かんできました。それは、過去にMinecraftのプレイ画像で見たものでした。
今回は浮かんできたイメージを実現したい!というゴールが明確だったので、遮二無二没頭できました。
出来上がりはやっぱり『それなり』ではありましたが、その『こんなものがつくりたい!』というイメージがあったからこそ、楽しく没頭できたのだと思います。
これは、ゲームだけでなくすべての創作活動にいえることだも思います。つまり、自分一人の世界でうんうん唸っていても、創意工夫の幅はなかなか広がりません。外部からの刺激があってはじめて、『こうしてみたい!』『あれをやってみよう!』という工夫の広がりが出るのです。
インスピレーションは悪か?
でもこんなことを言っていると、「結局やっていることはパクりでしかなく、工夫でも何でもない!」なんて言われそうです。これは半分あたりで、半分外れだと思います。
要は、『パクり上等、パクった上で工夫せよ』ということ。Minecraftの先輩方の作品を見ていると、正直「自分だったら何年たっても思い付かないだろうな」というものばかりです。ただ一方で、「自分だったらこんな風にするなー」という生意気なことも思います。この生意気な気持ちがたぶん創造性。
カッコ良く言うと『インスピレーション』なんだと思います。
なんだか、話が盛り上がってしまいましたが、Minecraft初心者が楽しんでいます、というお話でした。
ヘトヘトに疲れきったときほど、やっておくべきこと
仕事がたまった日に限って、色々な方面から雑務を投げられて、気がついたら日がくれて、「あー、やるべきことやってないのに、もうとてつもなく帰りたい!」。
そんな日、あるよね?
そんな日が続くとさ、「仕事なんてやってられないよ」ってな、気持ちになっちゃうよね。
思い通りにいかなかった日にこそ、やって欲しいこと
そんなときにあなたにこそ、やってもらいたいのが「何か一つでもいいので、小さなやるべきことを終わらせる」ということ。
「何をバカな!」と思っているでしょ?
「もう身も心も疲れ果ててるんだから、帰らないと逆効果だよ!」と思っているかも。
でも違うんです!
人は何か少しでも『自分の意思でやり遂げる』と、脳内にキモチイイ成分がジワッと出て、少し気分が晴れやかになるんです。
だから、思い通りに仕事が進まなかった日こそ、自分が本来やるべきだった何かをほんの少しでもやりきってもらいたい! 15分で終わるようなことでもいい。何か自分の意思でやり遂げた!という実績をつくると、少しだけ気持ち良くなって帰れるんです。
そもそも朝に終わらせておけば?
そして、もっと考えを進めていくと「そもそも一日の初めに、やるべきことを少しでも進めておけばいいのでは?」と気づくわけです。
その通り! 朝、誰にも邪魔されない時間帯にやるべきことを進めておくと、日中どれだけ仕事を差し込まれても余裕でいられます。
だって、やるべきことはもうやっているんだから。
だから、覚えておいてほしいんです。ヘトヘトで疲れきったときほど、『自分の意思で、やるべきだと思っていたことをやり遂げる』ことにこだわることを!
ヘトヘトの諸君の健闘を祈る!
その計画に意志はあるか?
今日会社であったMTGで、何とも言えない違和感を覚えたので、ここで考えてみる。
あるMTGでの会話
ある人に仕事をお願いしたんです。
「この課題を解決したいので、一旦自分でスケジュール立ててみてください」と。
すると、その人は「あー、はい。たぶん来週中には全体像をつくって、その次の週は・・・」みたいな感じで、その場でばーっと仮のスケジュールを言い始めた。
自分はここで、何とも言えない違和感を覚えたんですよね。間違ってはいないんだけど、なんか気持ち悪い感じ。正直、「あー、たぶんこれは失敗するな」と思った。でも、何故そう感じるのか、何をどう変えるべきかがわからなかったので、とりあえずそこでは「まあ、一度持ち帰ってじっくり考えてください」と伝えた。
時間が少し経ってみると、なんとなく違和感の正体が見えてきました。一言でまとめると、「ばーっと言ったスケジュールに、『意志』が感じられなかった」んだと思う。
仕事の計画には意志はあるか?
仕事の計画には意志が必要だと思っている。というのも、やるべきことが不明瞭な仕事は、どうやったらゴールに行き着けるのか、という道筋を自分で考えないといけないからだ。目的を達成する道筋はこの世にごまんとあって、どの道筋を採用するのかは、ある程度は実現可能性などの差はあるものの、最終的には好き好みだと思う。実行者の意志と言うか、「私はこうやることが最良だと思います、何故ならば・・・」というものが必ず出るはずである。
今回の件でいくと、「口にした流れが目の前からの積み上げで、およそゴールからの逆算ではない」、つまり達成の意志が全く存在していなかったことに違和感を覚えたんだと思う。
「そもそも目的が達成できるどうかを左右するポイントは何だと考えているの?」
「目的を達成するにあたっての課題は何で、それをどう解決するつもりなの?」
「やるべきことが見えていない中で、週単位の予定を立てて、間に合うの?」
などなど、色々な質問が頭を駆け巡って、違和感になったんだと思う。
この違和感は実は初めてのことではなく、過去何度もあったけど、言語化できたのは初めて。過去、他の人がつくってきた意志のない計画をどうにかフィードバックをしようといても、「やってみないとわからないじゃないですか」で引き下がる場面がありました。そんな場面は特に、『何も考えていない人』ほどよくありました。今回、違和感を言語化できたことで、もしかしたらそんな人とも少し深いやり取りができるかもしれないです。
そんな発見をした日でした。