他文化に触れて迎える、第二の思春期

訳あって、最近中国の歴史、文化、価値観を勉強している。まあ、勉強しているといっても、本を少しずつ読んでいるくらいだけども。

 

 

中国に限らず外国の文化を知っていくと、同じくらい気になるのが日本の文化について。もしかしたら中国の本よりも、日本の本の方が進んでしまっているかもしれない。

 

他国の文化に触れたときに、「おもしろい/まあそうだよね」「わかるわかる/なんじゃそら」「好ましい/嫌な感じ」と色々な感情を抱くんだけど、よくよく考えるとこういう判断を下す『ものさし』が自分の中に存在していることが見えてくる。その『ものさし』は結局、日本人的な自分から発せられたもので、その日本人的な『ものさし』の内容を理解しないことには、他国の文化を本当に理解したことにはならないんじゃないかと思う。

 

そして、こんなことを考えている自分には非常に既視感があった。他人を見ることで、自分と向き合わざるを得なくなる、というか、自分を知れば知るほど、他人のことがわかってくる、というか。そう、思春期のときに似ているのだ。

思春期の時はきっと、他人が自分とは違うということに気づきはじめて、でもそれまでの「なんとなく他人と境界線がない状態(ともだち?)」が壊れることが不安で、改めて自分を再構築していく時期だ。その時に、多くの血を流しながら自分自身にメスを入れて、不完全な『ジブン』を見つけ出し、そのみっともない『ジブン』を受け入れることで、大人になっていく。

他文化に触れた今、まさにこの思春期と同じような心境になっている。するとやることは、自分の中の『日本人的なものさし』にメスを入れることであり、その『ものさし』の良いところも悪いところも受け入れることである。そう考えると、しっかりこの工程を進めていくと、また一歩大人になれるかもしれない。

 

そんなことを思いながら、今後も色々勉強していこうと思います。